そうそう、セカンドマシン

PCの話です。
いあね、セカンドマシンなんですけね、もともとはlinux入れようと思って作ったマシンだったのだけど、気がつくとWindowsVistaが入っていたりしてね、全然本来の目的を果たしていない。
んで、今日は今日とてメインとセカンド、両方のPCのメンテをしていたわけです。蓋開けてホコリとって、配線しなおしてと。ついでにセカンドマシンのほうは以前メインでSLIを組んでいたGF9600を入れてみたのですよ。よし、これでセカンドもようやっとHDCPの仲間入りだと。これでメイン用に買って失敗したUSB接続の地デジチューナーも使えるぞと、そんなところだったのですが…。
なんかね、使い心地がいいのですよ。Windowsエクスペリエンスのスコアもメインの7.Xには遠く及ばない4.8くらいのマシンが…。なんかリアクションがいいのですよ、メインのWindows7に比べても…。不思議なんです。
んで、納得いかないんで二台ならべて同じWebページをロードさせてみたり、同じ動画をロードしてみたり、いろいろやったんです。
で、僕なりの検証結果です。快適な理由が分かりました。結果からいうとセカンドのほうが全部遅いんですよ、当然のごとく。ただ、快適っぽい理由は分かりました。メインマシンは全部が速いのだけど、読み込みが目に見えてしまう。たとえば、フォルダ一つ開いてもセカンドよりスパッとウィンドウ枠が表示されるけど、中のアイコンの読み込みがあとからヌルヌルと見えてしまう。セカンドはある程度間をおいてから開くけど一応全部が表示された状態で開く。だから快適に感じる。同じことがWebページなんかでもいえる。メインは描画の開始も完了も速い。でも、先にものが見えてしまうからマウスでいじりたくなる。セカンドはいじるものもないからじっと待っている。
つまりはこの差だったのですよ。メインのほうはいろいろなパワーに読み込み性能がついていってない。対してセカンドは読み込みよりもCPUのほうが遅いからそんなことは気にならない…。
メモリとディスクがWindowsエクスペリエンスでCPUを上回るセカンドじゃ、CPUが命令を出してから、読み込みなんて終わったものをCPUさまが処理してGPUにわたしている。つまり、CPUは余裕なんですな。対してメインマシンのほうは読み込みよりもCPUのほうが性能がはるかにいい。CPUは指令を出してほかのハードウェアのリアクションを待つ、待っている間はきっと待ちの空ループがまわっている…。CPUは忙しい…。とそんな感じっぽいのですよ。
まぁ、何でも高性能がいいてわけじゃなくて使いやすい構成ってのはあるもんだなぁと思いました。この夏はSSDでも買おうかしらん。あと、オーバークロックメモリと予算に余裕があったらGPUですかねぇ。いあ、今日までGPUだけ買う気だったのですが、ちと反省です。

その後

労咳のごとき咳はおさまりにけり。また母に於いては胃がんの手術の経過もよろしく、一昨日に退院せし候。医者の腕、母の回復力にいたく感服せし候。我、相も変わらず何をなすこともなく至って平凡に過ごしにけり。我は我とて、朝夕とやり残しの仕事をただ淡々とこなし候へば、ただつかれはててはふ抜けの如くうたたねて候。

世は年の瀬にて、街にはなにやらおかばしょのやうな明かりが多く灯り賑わって候。それとて、我には遠き世の出来事のようにおもへて候。毛唐の年明けは12月25日いちにちのみと聞き及びしが、いとをかしく候。

我が日の本の正月は1月1日とて3が日の習いもあるゆえ、ぜいたくのきわみとおもへり。愛しき人に会いにゆくなら3日のうちいちにちをついやせばよろしく、まことこのくにの生まれでよかったとおもへる。とくに旗も立たぬ12月25日を許婚とむかへるを至上とするといふのはあはれなり。そのいちにちを争い多くの若き男女がさきを急ぐとはなんとせちがないことか。故に世にはびこる12月24日の夜に許婚と過ごすならはしは貧しきの極みとおもへり。

このやうに、いと貧しき世相なれども、我死スルこともなく、ただ恥じをさらしながらいきながらへて候へば、ただの一日一刻たりとも無駄にしてはならないとおもへてならぬ。

文少なくは良きしらせなれば心配めされるな

ここのところ音信不通にてなにかと心配をお掛けしたこと面目なく思っております。貴方様におかれましてはあいも変わらずご健勝とのお話を耳にいたしました。このまま筆不精で霞のごとくどこかへ消え去ってしまおうかとも思ったのですが、この文だけが我が命の証なればなにかを残しておくべきと思い筆をとった次第です。
私はこのところ、身に何か不具合がおきるわけでもなく、ましてなにか人生を変えうるような良いことがあるわけでもなく、世の大局を揺るがすほどの何かを成し遂げるでもなく、漫然とした日々をおくっております。そして、あいも変わらず小さな不平不満を時折ツイッターにつぶやいたり、どうにかしてこの不況時でも金を稼げないものかと金策に頭を痛めたりしております。気がかりといへば、ここのところ咳がとまらず、あたかも労咳のごとく咳むせておりますことがだけが気がかりであります。
そういえば、この間のことなのですがうちの母に胃がんがみつかりました。突然のことでどうしたものをかと狼狽いたしましたが、染色体検査で陽性の反応が出たと医者の報告を聞いたときには諦めがつきました。まだ十二指腸や肝臓には転移していないことから粘膜の癌であろうと容易に推察されたので、医者に頼んで切ってもらうことにいたしました。
幸い開腹手術の際にも他の臓物への癌の転移は認められず母は一命をとりとめたようです。ただ、随分と齢を重ねてからの手術ゆえ麻酔への耐性や環境の変化への適応が心配されました。心配のとおり母は術後2日目にして「術後せん妄」なる症状を発し、この世のことともあの世のことともつかぬ「をかしな」ことを口走るようになりました。このときは癌の宣告を受けた時より狼狽いたしました。もちろん、狼狽したのは私自身であります。このまま母は正気を取り戻すことなくこの世のありとあらゆるものを恐れながら、また自分の身を呪いながら死んでいくのではと哀れに思えたのです。私は母の正気を取り戻すために献身をつくしてなんとか母を地獄の淵から連れ戻すことができました。それから3日ほどしていまや流動食や3時の甘いものを摂取するまでに回復した母ではありますが、まだ他の臓物に癌が転移していないとも言い切れず、まして手術で体力を使い果たしたようで歩くのもままならず、3間ほど歩いて厠に赴くのが精一杯のようです。
私も私とて、労咳のごとき咳を患いながら病院に足しげく通うも自分のことよりも重病の母のことを優先してしまうため未だ医者に診てもらう事も無く、母や職場の同僚の前で咳き込むのを我慢しながら一日を過ごすという窮屈な生活を強いられています。日々の時間は飯炊きやあくる日の朝げの仕込み、洗濯や掃除に吸い取られ息つく間に夜も更けている始末。また、安月給ゆえ職場を休むこともままならず、やもめ暮らしとはかくも惨めなものかと日々自らの身の上を嘆いております。しかし、こうしたことのすべては自らの招いたことの結果とただひたすらに反省するのみであります。
また、差額ベッド代なるものを病院より請求されるのですが、母の命を繋いでいるのは他ならぬ病室と看護のおかげであるのでこれもまた高額なれど支払わざるを得ない御あしであります。私の安月給はそれらにいとも簡単に吸い取られていつぞや貯金すらも底をつき身動きがとれなくなるのではないかと不安に思うのですが、その不安も恐怖といふものではなくただただ漠然とかつ漫然と私と金の縁のなさを身にしみて思い出すのみ。人の命は金で買うことができないのです。
人の命ははかないものと、この度よくよく思い出しました。いつぞや、我死スルベキ時がくるのでしょうが私はなるべく静かに人に迷惑をかけず霞のごとくこの世を去りたいものだとしげしげと思う次第であります。
私はあいも変わらずこのように孤独で、ありきたりな生活を達者で送っております。貴方様に幸あらんことを切々に願ってやまないのであります。
それではまた気が向いたときにでも文をしたためますゆえ、期待などせずに待っていてください。筆不精ゆえいつ文が絶えるかわかりませぬが、それもまた我が霞のごとき人生なれば平にご容赦いただきたい。
ご健勝をおいのりいたしております。

久々に自分のブログ読んで

いあぁ、本当に自暴自棄だね。もう、やけくそだね。でもさ、ちょっぴり正しかったりするのね。二つ前の本格的に自暴自棄なエントリー。正しいことも書いている。家のローン関係のエントリー。働きもしないでってくだり。俺が書いたのは終身雇用の話だけどさ。今現実にとある、航空会社の救済問題で本格的に目の当たりにできるよな。
なんていったって、倒産しそうな会社のOBで国のお金いれてもらって企業年金満額もらおうって人たちがいるんすよ。あれぞ、まさしく僕のいっていた連帯ってやつですよ。しかも、後輩に働けってだけじゃだめそうだからって税金いれてもらってまで「満額」の年金もらおうってんですよ。
図々しいにもほどがある!
だってさ
その会社を傾けている後輩たちを育てたのは先輩たるアンタたちじゃねぇのかよ!
連帯責任だろうが。自分たちのやったこと*1をタナに上げて国民全体で自分たちの高額な年金を国民全体で負担しろだ? これこそ不公平きわまりない話だろ。後輩たちはたまたま貧乏くじをひいちまった節もあるけど、優秀な面もあって国の税金をひっぱってこようとしている。したら横から「よし、よくやった。俺たちの年金くらい自分たちでなんとかする」とばかりにしゃしゃり出てきて後輩の手柄で自分たちの年金保護ですか。あーそうですか。こんなことがまかり通ったら労働者は踏んだり蹴ったりです。

民主党の支援団体には労働組合がたくさんいたと思うけど。

労働組合ってのもその実は年金保護組合ってだけ? 

年金けずるなは水戸黄門の印籠ですか?!

後輩たちが血の涙ながして苦しんでいるときに、さらに苦しませるのが年金システムですか。全額あきらめろとは言わないけど、少しは責任とるつもりで辞退するつもりとかないんですかねぇ。

ほんと嘆かわしいにもほどがある。

*1:やったことにはやらなかったことも含まれる。つまりサボったこと

孤独なんですよ

まぁ、わかっちゃいたんですが「自分が寂しいオトコだな」と再認識したので愚痴ってみました。本当に孤独なんで、ここにしか書けないんです。誰が読んでいるか、読んでなんかいないかもしれないここにしか書けないことなんです。自分が誰だかはっきりしないからこそ、「俺って孤独だな」なんていえるくらい孤独です。
自分の将来を想像してみました。なんだか、孤独な老後を迎えそうです。金稼ぐために必死になって、それしかないから人がどんどん人が信用できなくなって、本当のことを言える人もいなくなって。それでも、自分の貧乏コンプレックスを解消できるくらいの金がつくれればいいのですが、それすらもかなわなかったらホントに『負け犬』ですな。まぁ、今でも良い具合の負け犬なんですが…。このままいくと絵に描いたような「負け犬老人」ができあがってしまいそうです。
そんな老後のために、ってか健康のためとかいって去年25キロくらい痩せてみたんですが、一つもいいことない。痩せこけてビョーキくさいとか言われるようになってしもたし…。中年でやせてるってそんなもんだったんすね。着るものはサイズ合わなくなって全部買いなおしでまた金持ちが遠のいたし…。やっぱ、健康のためとかいって自分のポリシーかえるもんじゃなかった。やっぱ俺は「太く短く」いきるべきだ。
まぁ、何にしろ今夜は自分の惨めで孤独な現在を再認識してしまいました。なんでも自分で解決しようとするからこんなことになっているんだろうと。自分でも安易に言い訳ができてしまうのですが、そんな安易な結果だけつけてもしょうがないんでしょうな。
ただ、今夜一つだけはっきり分かったことがあります。「孤独だけは一人じゃ解決できない」んですな。
でもやっぱり、今自分が孤独だって打ち明けられる友人は一人もいません。利害がからんでいることが多くてね…。必死でお金稼ごうと色々なところに声かけすぎました…。友達それでなくしちゃったみたい…。
やっぱ、孤独だ。お金って怖いね。これ、全て俺が貧乏育ちで現在も貧乏チックな給料しかもらってないし、将来金が稼げるととも思えない環境にいるから余計にこうなっちまったんだろうね。この恐怖からは早く逃れたいです。いつまでたっても人生のスタートラインに立てないきがする。
お金に対する恐怖を刷り込まされた少年は将来こうなってしまいます。これから結婚とか子育てとかする人は子供にだけには「貧乏だから」とか「お金がないから」って理由だけで不自由な思いをさせないようにしてください。

では、今宵はこれまでにしとうございます。